2023年3月23日木曜日

郷土館友の会、つないできた10年ー「新しい博物館建設は、会の悲願」

 今日の天気は、曇り。昨日から肌寒さが戻ってしまいました。

さて、昨年の4月で「郷土館友の会」(中標津の自然を知ろう会)が発足10年を迎え、会員の皆さんとF学芸員が中心となって記念誌づくりが行われています。

そんな中で、これまでの活動を振り返ることを企画して、本日午後からOBの皆さんと現会員が一同に顔を合わせて座談会が行われました。

懐かしい顔ぶれで、「まぁまぁ〜お元気でしたか?」と、にこやかに挨拶されていて、こちらもホッコリしました。




そもそも会は、「中標津の植物を知ろう会」と「中標津の野鳥を知ろう会」が合わさり、「中標津の自然を知ろう会」となり、平成24年4月に「郷土館友の会」として独立されました。その年に、学芸員として着任し、社会人成り立てで、右も左も分からないことだらけでしたし、歴史系の自分からすると自然分野についていくので必死でした。会員の皆さんには、いろいろなことを教えていただいたり、助けていただいたりと毎回楽しく活動してきたことが走馬灯のように蘇りウルっと来ました。😭

本当に、様々な経験をさせていただきましたし、流血事件もございましたし、今となっては笑えますが…。


会員さんたちから、思い出話の後に、出てきたのが「新しい博物館」の建設。

「やっぱり、植物標本を作ったり、土器を洗ったり、資料の整理作業、会の活動の話し合いなどができる環境が欲しいよね。」

「資料の保管できる博物館施設の建設が悲願だ」と口々に話されていたのが印象的でした。


私だけではないのだという思いを今一度痛感いたしましたし、何とか皆さんと一緒に実現していきたいと改めて強く思いました。


                                   (M学芸員)


2023年3月16日木曜日

2022年度もいよいよ終盤へ

今日は、午後から町文化財保護審議会を開催しました。

現在、進めている「文化財保存活用地域計画」や、文化財・郷土館事業の報告、事業計画についての意見聴取を行いました。

町の文化財の現況について、文化財部局だけでは見えない死角になっているところを、委員のみなさまより貴重なご意見をお寄せいただきました。

次年度に向けて、コロナ禍で止まっていた事業を見直し、少しづつ”チーム郷土館”で再開して行こうと思います。


そんな中で、再開しようと考えている企画書づくりの一コマ。

到達点、ゴールを決めた上で、

分館の建物の雰囲気、コンセプトが伝わる資料にしたいところ…。






(M学芸員)





町の中心?シンボル? ー 時代と共に変わって来ている。

 今日も、春の陽気に包まれました。

郷土館の上に溜まった雪は溶けて、屋根から勢いよく滴っていました。

郷土館仮設事務所の屋根の雪はほとんどなくなり、雪おろしの心配もなくなりました。


今年は例年になく、春の訪れが早く感じますね。

新年度に向けて、郷土館、文化財の課題、問題にチャレンジしないとと気持ちも春の陽気と共に高まってきます。

そのような中で、一昨日は2回目の文化財の企画会議を行いました。

皆さんと、楽しく意見交換して、「あ〜しよう」「それならこうしたらいいね」など談笑しながら行いました。

そんな中、資料として使う昔の地図をいつの時点を選ぼうかという話になりました。

「そもそも、町の中心?、シンボル?、拠り所が変わってきているのではないか?」ということで、町民の方々と振り返ってみると、昭和初期の農試(「旧北海道農事試験場根室支場」の略称)が建った時点、鉄道が開通してからの中標津駅前、駅が無くなっ後で移り変わってきいるということを実感しました。

確かに、戦前・戦中を体験された方は、口々に「農試が建ったから、この町は発展した」と言い、戦後生まれの方々は、中標津駅が初めて町へ訪れた最初の場所であったり、見送ったり、見送られたり、お祭りの際には駅前広場で踊ったり、記念写真を駅前で写したりと生活と深く結びついていたことが読み取れます。


ということで、旧農試庁舎前、駅前で映された写真をセレクトしてみました。


↓昭和17年に旧農試庁舎前で写された写真

(NPO法人伝成館まちづくり協議会提供)
学校の帰りに、父親と娘が旧農試庁舎前で写したという。

詳細は↓ブログ『伝成館ふるさとの礎』へ

           https://denseikan.exblog.jp/32873862/


↓昭和27年頃旧農試庁舎前にて撮影された服装女学院の方々の記念写真。

(NPO法人伝成館まちづくり協議会提供)
           

↓昭和40年8月15日に撮影され「商工まつり」の
仮装パレード終了後に写されたと思われる駅前での写真。


↓写真を撮るため群がるカメラマンを写した写真

↓昭和47年8月に駅前通りにて「商工まつり」パレードを写した写真。

        



                                (M学芸員)


2023年3月13日月曜日

今年初のヒグマ出没情報 (2023年3月10日時点)

今日も、文化財のマスタープランの素案修正等で一日デスクワーク。


デスクワークがほとんどで体がなまってきたので、運動不足を解消に、土曜日は久々に丸山公園を散策。

そんな中、前日は、ヒグマが街中に出没したとの情報が入ってきたので、標津川沿いを歩くのは少し怖かったのですが…。

夏のジョギングに向けて、少しづつ体力作りしないとと思いまして。

夏場は色々と発掘調査などで体を動かすことが多いので体力ないすぐ疲れてしまいます…。


それにしても、ヒグマの出没は例年にない早さではないでしょうか…。

それも、街中に現れるとは。

ここ数日、暖かい日が続いたからかもしれないですね。


↓ヒグマ目撃情報地点。『北海道新聞』(令和5年(2023)3月11日発行)によれば、道道俣落西5条線の中標津橋付近でヒグマを目撃したとのこと。



郷土館の門柱あたりは例年の通り、水浸しになっておりました。

中々排水できず溜まってしまうのです…。




            ↓シロサギかな…

            ↓川のせせらぎを聞きながら、深呼吸〜〜



                                (M学芸員)


2023年3月9日木曜日

町の移り変わり ー東7条通り

 今日も、気温は若干下がったものの、コートがいらいないほど温かった。


今週から議会がスタートして、本日は各委員会での質疑対応が始まりました。

私も、今年度から委員会室へ初めて入らせていただき、緊張しました〜〜。


さて、町中も、古い建物が解体されたり、逆に新しい建物が建設されたりと、街並みの様子も少しづつ変わっていきますね。


そうしたことも、このブログでできる限り、後世に残すことを目的に、掲載しておこうと思います。


↓現在、建設中の根室生産農業協同組合連合会新農業会(東7条南1丁目)


        工期:2022(令和4)年6月1日〜2023(令和5)5月19日

        これによって、乾定太郎翁の碑の向きも変わりました。

        残念ながら、雪が深くていくことがかないませんでした。

          

           ↓その場所にかつてあった二代目の役場庁舎




             ↓二代目役場庁舎反対側から見た街並み

↓現在の様子




↓開光寺の坂から見下ろした東7条通り






写真の角度がミスマッチでした…。

ご容赦のほど、お許しください。🙇‍♂️



                                   (M学芸員)




2023年3月8日水曜日

次世代の継承のキーワードは、?

 春日和が続き、屋根屋根から雪解けの水が滴る音が鳴り響いています。

 金曜日には天候が崩れるようですが。


 さて、先週、文化財事業の打ち合わせを町民の方々と行わせていただきました。

その時に、町民の方から「(文化財の)次世代の継承って、言っておきながら、「子供」たちのこと忘れてない?」とのご指摘をいただき、まさに頭が真っ二つに割れる思いをいたしました。

本当に、「次世代の継承」と言った時に、次世代を担う子供たちへのメッセージが忘れていたことを気付かされました。


           打ち合わせ中は、昔の町の様子を写した写真を

           モニターで見ながら、企画案が盛り上がりました。


今作成中の文化財の保存・活用のマスタープランにも、「郷土学習の充実化」などありきたりではありますが方針を立て、措置を盛り込んでおりましたし、先生方との郷土学習の充実に向けたワークショップの実施など、カリキュラムの内容を見直していきたいということは考えておりました。

また、先日の文化庁の博物館法改正におけるオンライン研修を受講した際にも、資料のデジタル化、アーカイブを推進し、学校教育の中でタブレット端末で子供達が、いつでも、どこでも、資料を見られるようにしておくことが望ましいし、写真資料に疑問符がつくことで教材に早かわりになるというようなことが紹介されていましただけに取り組んで行かなければと思うこの頃です。


さて、文化財事業の企画内容が、決まりましたらご案内いたします。

楽しみにしていただければ、幸いです。



                                  (M学芸員)


2023年3月7日火曜日

丸山小学校、郷土館団体見学!

 今日も、暖かい日が続きました。


さて、昨日に引き続き、本日も社会科授業の一環で、丸山小学校4年生の生徒たちが、郷土館へ団体見学に訪れました!


コロナになって、3年ぶりの団体見学の対応で、少し緊張しました…。








子供たちは、開拓や生活に関する資料などに興味津々でした。



中には、丸山小学校で土器を拾ったという生徒がいて、「今日持って見てもらえばかよかった〜」と悔しそうでした!😅💦💦

是非とも、見せていただきたかったです〜〜

埋蔵文化財であれば、新規の遺跡登録になるかもしれないので…。😆




(M学芸員)


2023年3月6日月曜日

社会科授業で、丸山小学校へ🏃‍♂️💨

 今日も、気温がグッと上がって、雪解けが進みました〜〜


タイトルにあるように、丸山小学校へ社会科の授業で行ってきました〜😁

授業のテーマは「昔から今へ続くまちづくり」ということで、200年前、江戸時代か

らさかのぼって町の移り変わりと道具や乗り物の変化を紹介しました。


昨日は、作成していたスライドデータの画像が吹っ飛ぶというアクシデントがあり

慌てましたが、何とか無事に終わりました〜😆💦💦





前回、みんなの景観中標津プロジェクト、役場都市住宅課とコラボした景観学習のおさらいもしつつ、
(『みんなの景観中標津プロジェクト』Facebookより)

       (『みんなの景観中標津プロジェクト』フェイスブックより)


各学校で、お話するときは、地域ならではのことを盛り込むようにしています!
  例えば、「丸山小学校」の「丸山」のルーツにまつわる話など

(答え 丸山公園の丸山)

「山の頂上に、なんか建物が写っているけど何だろう?」など。


(答え : 中標津神社 )


子供たちに、「干したサケ」と紹介するよりも、お父さんたちの酒のつまみの
「鮭とば」って伝えると「あ〜なるほどね」って伝わったのが面白かった〜
小学校4年生で「鮭とば」が伝わるとは!?


明日は、久々の郷土館での団体見学を予定。

コロナ禍中、当館では手狭で換気が不十分なのでお断りしていたので、久方ぶり
の団体見学になります。

   ようやっとこんな機会が訪れました。



2023年2月26日日曜日

結構揺れました〜〜

 先ほど、午後10時27分に北海道根室北部・南部で最大震度5弱の地震が発生し、中標津は震度4を記録しました。


                YAHooニュースより転載。


と、言うことで、係長・主査以上は役場参集ということで、施設確認。

シャワー浴びて、明日の会議に備えていた中でしたので、慌てて着替えて役場へ直行!



幸にして、被害もなくよかったです。


なぜ、地震は夜に発生することが多いのかなと…。



それにしても、つい最近、防災訓練したばかりなので、参集に慣れていたかもしれないですね。



(M学芸員)

2023年2月24日金曜日

町民目線の調査の拡充へ 〜


文化財事業のFacebookへ、投稿した古写真が思いの外、反響があって嬉しいです〜〜。


               (昭和40年代の中標津市街地)



随時、更新していきたいです!!


特に、地元ならではの話題が出てくる。

お店の情報から、「実家です!」などなど。

建物悉皆調査をしていても、外観は美装化されていても、建物自体は古かったりと、

中標津の市街地は、意外と今風に言うとリノベしている店舗が多く、割りと50年くらい前の建物が残っています。
最近は、解体が進んで、「あの、建物解体してた!」とかそういう話を聞くことが多いですが…。

それだけに、建物の記憶を後世に残すための基礎資料の蓄積が「歴史」を語る上では欠かせないのだと思いますね。


これが、町民目線で、文化財を拾い上げることの大切さなのだと痛感いたします。

明後日は、いよいよ年度最後の「文化財保存活用地域計画」の協議会です。

計画を作り上げること自体も課題ですが、この後の動きがやっパリ気になる。
「いや!気にしないといけないんでしょうね!?」


Facebook投稿写真(「文化財保存活用地域計画」調査部会部員提供)より。

↓昭和58年撮影 「中標津神社例大祭」の様子
 東1条と中央通りとの交差点。
 写真左側に、『パル東武』が写っています。


写真右側に、『丸五スーパー・ストア』、『川口薬局』。


写真左側が『パル東武』、『丸五スーパー・ストア』
 

↓雨宮印刷株式会社さんより『写真で見る中標津町の昔と今』
   と題して、約100年の歩みを振り返る写真集が出版されました。
町の「ふるさと納税の返礼品」にもなっております。
        
(中標津町ふるさと納税【公式】Instagramより)
    

よろしければ、書店等でチェックしてみください。

↓中標津町 「ふるさと納税」HP


                                  (M学芸員)

2023年2月23日木曜日

昭和30年代の町中写真紹介

「文化財保存活用地域計画」のFacebookへも投稿いたしましたが、調査部会の部員さんより、提供してくださった昭和30年代の町中写真をご紹介します。


↓1枚目は、「商工まつり」の際に写された東1条通りの写真。(昭和30年代撮影)

          一番左側、初代郵便局(昭和3年〜27)。
          一番右側、中標津電報電話局(昭和28年〜42年)。


個人的には、初代郵便局の建築意匠が好きでした。

軒下のレリーフがステキで、解体の際には所有者さんの了解いただき採取させていただきました。
現存していたら、国登録有形文化財第6号目になっていたのではと思いますね〜。


↓2枚目も、東1条通りの写真。(昭和30年代撮影)
道路が舗装されていないので、昭和30年代に撮られた写真だと思いますね。



↓精光電気商会、店内の写真(昭和30年代撮影)
 店内の美しい女性は、広告の写真だそうです。
一見、本当にいるように見えてしましました。
何とも言えない、映画『〜夕日三丁目』の雰囲気が出ているきがしますね。


↓一気に新しくなって平成初期の写真です。(平成3年撮影)
  手前から池田商店、村中商店、佐々木商店。


         ↓上の写真と同じ時期に、別アングルで撮られた写真
              一番右側の建物が、丸五スーパー。
         今は、3軒とも無くなり、ラーメン屋さんができてますね。
    丸五さんの建物の一部は現存し、カラオケ屋さんなどになってます。

昔の街中写真を、持ちながらブラブラと町民の皆さんと歩くと
記憶がよみがえり色々と貴重なお話が出てきそうですね。

表に出せない話も中には出てきたりしそうですがね。

↓昭和40年代の中標津市街地図

「郵政会館」が初代郵便局です。
その向かいに精光電気商会があります。


本日は、こんなところで失礼します。
それにしても、昨日は一段と冷えましたね。

昨日のオンライン会議は緊張してお腹が痛かったのか、冷えてお腹がいたくなったのか、退勤するまで腹痛が続きました…(笑)


                                  (M学芸員)

        

2023年2月22日水曜日

江戸時代の文化財を活かしたまちづくりから思うこと

前からずっと、「文化財保存活用地域計画」を作成するにあたり、思っていたことを述べてみました。多くの方からお叱りを受けそうですが…。

「文化財保存活用地域計画」を始めたきっかけは、本町の国登録有形文化財であり、町の歴史文化をとりわけ物語る旧北海道農事試験場根室支場の保存改修が喫緊の課題としてありました。また、郷土館は、昭和46年に開館してから50年が経過し、町民の皆さんはじめ「いつ新しくなるの?」と、待ち焦がれていた。

と、言うこともあり、小樽市では、ちょうど計画の前身である「歴史文化基本構想」策定を記念したフォーラムの開催があり、聞きにいき、文化庁の岡本公秀調査官や江差町教育委員会の学芸員さん、小樽市教育委員会さん、観光協会さんでの取り組みや、未指定を含めた文化財に光を当て、保存・活用を図ることに衝撃と感銘を受けました。


でも、私の心の中にあったのは、それだけではなくある人物のことが連想されました。
江戸時代の終わりごろ、松江藩で藩主を務められていた「松平不昧」公です。
この方は、大名茶人としても著名で、千利休を尊崇し、名器とされた茶器を散逸、毀損から守るためコレクションし、分類して台帳を作り、スケッチをして記録して残された。
このことから文化財保護の先駆けとも称された。




また、不昧公は…

当時、一両の金も貸さないと言われるほど藩の財政が逼迫していたこともあり、
名器とされた茶器の写を陶工や漆芸、木工職人にたちに貸し与えて、藩として産業を起こし、販路流通を拡大し、和菓子では技術を磨き上げ、京都と金沢に並ぶお菓子どころとして著名になるなど「茶の湯」でブランディングづくり(地域振興)を戦略的に行っていった。


そして、松江と言えば「和菓子どころ」、「茶の湯」のイメージが作られていった。
さらに、不昧公は、工芸品や和菓子を流通させながら、「茶の湯」を通じて伝えたかった、
「正しく茶の湯を皆行えば天下が治まる」と言う考え方を広めていった。
まさに、地域グルみでまちづくりを実践していった、先駆けだったとも思いますね。

それは、中標津町にもリンクするのではないかと思いました。
縄文・アイヌ文化等を基層としながらも、凡そ100年の時を経て、酪農文化が育まれ、
たくさんの食文化が作られ、生活文化も彩られていった。

文化と産業が密接に関わりながら、町の固有性、魅力づくりが作られていくことから、
私は、文化財を地域資源と見なすことに抵抗はなかったのが正直なところです。
それは、既に、不昧公が実践した藩政改革の実践に通じるものがあったと思うからで、文化=産業・観光=経済の好循環が生み出されることで、文化財の修理費用、活動費の財源を確保でき、結果的に先人たちの記憶や歴史が受け継がれていくのではと短絡的かもしれないが、そう考えたから計画を作ろうと思ったし、可能性を感じました。

文化財を活用することで、町の固有性を高める、「我がまちは、酪農の町である」など
戦略的に発信をしていくことにつながると思います。


 
(開陽台上空写真  *中標津町)
        


これから、思うのは、千利休のように淡々と文化的なことを実践していきたい。
できることから淡々と。

利休は茶の湯とは、「お茶をただ立てるだけのことです」と問いたように、あれやこれや考えずに淡々と町の文化財の保存・活用について、町民の皆さんと、専門家の皆さん、企業の皆さんと手を携えながらできることからやっていきたい。ただただ、それだけです。


長々と書き連ねてしまいました。
松平不昧公を研究されている方に、誤りがございましたら大変申し訳ございません。

ここで、筆を下ろします。

お許しください。

おかげさまで、もやもやしていたことが整理されました。







(M学芸員)



2023年2月21日火曜日

久々の投稿…。

久々の投稿…。

すっかり、ご無沙汰になってしまいました…。

「コロナ」対応も、変わっていくなど、社会状況も変わっていってきている。


現在、作成している「文化財保存活用地域計画」も、4月で4年目を迎えて、

いよいよ最終年度。

今週日曜日には、年度最後の協議会を開催する予定です。

会議のたびに、緊張で手汗がビッショリ…。






計画作成に当たっては…

今までの指定・登録されている文化財に関わらず、地域の人々が大切に残されてきているものや、地域社会に埋もれてしまっている未指定の文化財の拾い上げも調査部会で行ってきました。そうした未指定の文化財も含めて、保存・活用、文化財保護の対象にして魅力あるまちづくりにしていこうというのが計画作成の趣旨です。


因みに、

「未指定の文化財を含めて、保存・活用していこう〜」というのが計画作成の一つ重要なポイントですが、その未指定の捉え方も変わってきています。

今まで、「文化財」として見てこなかった「食文化」「特産品」「伝承」「地名」「方言」なども文化財の対象にしましょうということで、広い意味で捉えるようになってきています。

ですので、広く関連づけて保存・活用することで、町の魅力づくりや、文化観光をはじめとしたまちづくりへの期待感が高まってきています。


さてさて、計画作成まで、まだまだ課題は多いですが、少しづつ文化財の情報発信を行わなければと思うこの頃です。


おわりに


今朝の郷土館緑ヶ丘分館 ※撮影、郷土館のT



スノーシューを履いて、見に行く機会もほぼ無くなって、9割5分ディスクワーク…。


(M学芸員)

2019年10月14日月曜日

秋晴れの空の下、木版画を見る

最低気温は空港での‐2.4℃で「11月中旬並」、「今季最低」。最高気温は同所での12.6℃で「10月下旬並」。

 台風が去り、秋晴れとなった空には、龍のうろこのような雲が広がっていました。
このようなうろこ雲は低気圧が近づいているという証だと云われていますが、さて、どうなるでしょうか?

 
 
 
秋晴れの空の下、次の展示をどうしようか、何かヒントがないか久々に散策することにしました。
ちょうど、町中の美術館「東1条ギャラリー」で細見浩先生の「木版画展」が開催されていたので、
見学させて頂きました。
 


 
細見先生によって、描かれた道東の美しい景観は、絵を見る人の心を和ませる情緒さ優しさに
包まれているにように感じます。
 
  ギャラリーでは、細見先生の奥様、娘さん方がコーヒーを出して頂き、ご案内してくれました。
 細見先生の絵画作成秘話などをお聞きすることができ貴重な時間を過ごさせて頂きました。
 
 奥様から細見先生の酪農景観を描いた時のお話しを伺った際に、川端康成氏が東山魁夷氏へ、
高度経済成長により、街並みが変わる前に「京都の街並みを描き残して欲しい」と助言されたときのエピソードを思い出しました。
細見先生が描いたニオが広がる酪農景観は今はもう観ることが出来ない1コマです。そう考えると細見先生の木版画によって、その時代、時代を写した道東地域の景観を知る貴重な資料だと感じました。
 
 現に、今となっては当時の色合いを知る手がかりがあまりない旧道農事試験場根室支場の種苗倉庫、農具庫を木版画によって描かれたことにより、往時の色合いを知ることができます。
 
先生の画集には、以下のコメンとが記されています。
 
 旧根釧農試の建物がいま残されて伝成館という名称で活用されているが、移設されて森林公園にある資料館(旧:陳列館、現:郷土館緑ヶ丘分館)と建物の裏にある木造の牧舎はいい画題であった。これまでも小品として版画にしている。
 この建物との出会いは昭和32年後半であったが、逆算してみるとその時既に建てられてから三十年が過ぎていたことになる。しかし、牧舎としてはまだ現役だったように思う。木造で白く塗装された柱や板壁、独特な木組みと個性的な建て方は見ていて飽きることがない建物だった。
 
 
 
奥様によると、細見先生も、当町桜ヶ丘に所在する旧道農事試験場根室支場の建物と白樺並木の景観が好きで、離れている旧陳列館(現郷土館緑ヶ丘分館)も含めて好んで描いたという。
絵を見た当時の職員も懐かしいと話していたという。
 
展覧会は、来月17日まで開催されているとのことでしたので、また見学させて頂こうと思います。
良い休日を過ごさせていただきました。
ありがとうございました。
 
展覧会の期間:10月19・20・26・27
          11月2・3・4・9・10・16・17
          11:00~16:00
会      場:東1条ギャラリー
          標津郡中標津町東1条北1丁目16番地2階
 
                                                        byM